2014年1月20日月曜日

Romantica Live 急遽決定!

ちょうど一ヶ月後、2月20日(木曜日)、中目黒「楽屋」にてRomantica Live やります!

今回は昨年10月に行ったライヴと同じメンバーで。
パリに留学中、バンドネオンの早川くんが一時帰国のタイミングに、なんと他のメンバーもお店のスケジュールも奇跡的に合って急遽ライヴやることに。

何ヶ月も前からメンバー、お店のスケジュールを摺り合わせても実現しない場合もよくあるのだが、今回は約1ヶ月前に決定するという稀なケース。しかし、こういうチャンスは意外と自然と巡ってくるもので、運命的と言えば大げさだが、なるべくしてなっているのだと思えて、今から音を出すのが楽しみである。

田中倫明(Perc.)

早川純(Bandoneon)

梶原順(Guitar)

橋本歩(Cello)


OPEN / 18:00
START / 19:30~& 21:00~

Music Charge : ¥ 3,000.-

2014年1月17日金曜日

フィルムドラマティーク第二弾「ミツバチのささやき」

映画ネタを記事にしようと企てた新コンテンツ。スローペースながら冬場はいろいろと映画を見たいと思う自分だが、その第二弾にもってきたのは昨年秋のRomanticaのライヴでもちょっとだけ触れたスペインの映画監督、ビクトル・エリセ。彼の作品「ミツバチのささやき」が今回の主題。

スペインはバスク地方出身のビクトル・エリセ監督。この作品が1973年。この後1982年に「エル・スール」、1992年に「マルメロの陽光」を発表。10年に一作しか撮らないと言われた監督だが、その後2002年、2012年と複数監督によるオムニバス作品を撮っているだけで、長編の作品わずか3作のみ。年齢は73歳である。

この3作しかない長編作品、どの作品もなんとも味わい深いものばかり。僕はリアルタイムでロードショーされた「エル・スール」をきかっけにこの監督を知ったのだが、最初の長編作品「ミツバチのささやき」はなんとも印象的な作品である。もちろん当時リバイバルロードショーされ、映画館で何度か見た作品である。

スペインと言えば乾いた空気に灼熱の太陽と、その光りと陰が織り成す芸術、文化が象徴的だが、ビクトル・エリセの作品は雨や曇りの空が全体を覆って、しっとりとした質感が特徴的である。この「ミツバチのささやき」の舞台はスペイン北部カスティーリャ地方、スペイン内戦の終わる1940年頃の設定だが、スペイン内戦後の国政を微妙に批判もしている。映画がリリースされた年代を含めスペインの内政に関して詳しく書くとキリがないので、その辺は調べるなりちょっと勉強してほしい。Romanticaの「Pablo X」に描いたスペインの歴史情勢と重なる部分も大きい。

で、内容はやはり見てもらわない限り感じてもらえないので、あくまでオススメ映画としておこう。

主人公の少女アナの感受性に、誰もが子供時代に感じ、心に思い描いた微妙な事象にオーバーラップさせて共感できるはずだ。というか、もし彼女の感じている事に共感を覚えないとしたら、子供時代の微妙な心の動きを忘れてしまったつまらない大人になってしまっているのだと少なからず焦るべきだ。ビクトル・エリセ監督の映画はいずれもこの微妙な心理を描いている。「エル・スール」もこの点で共通する描写が見事である。どちらがオススメかは甲乙つけがたいので、是非こちらも見ていただきたい作品である。

ただ、いずれも映画を見終わったあと、全てが明瞭に解決され、スッキリ気持ちよく映画館を出てこれるハッピーエンドな映画ではないので悪しからず。だからと言って、ドカンと重た〜い映画でもない。ただ自分が普段の生活で失いかけた感性、忘れかけた何かを思い出させてくれ、考えさせてくれる素晴らしい映画であり、スペインの歴史、内政を知ればまたその意味合いも深く感じることができるだろう。

僕が思うヨーロッパ映画の特徴、ハリウッド映画との大きな違いは、あくまで日常が舞台となる事だと思う。時代背景はそれぞれ異なるとしても、日常における人々の微妙な心理描写が主題で、映画というものがあくまでフィクション(もちろんドキュメンタリー映画というのもあるが)だとしても、身近で現実的 な人間と人間の間に揺らぐ心の動きを描くことで、国籍、人種を超えて誰しも人間として物事をどう感じるかをテーマにするヨーロッパ映画、古い日本映画がヨーロッパでウケるのも同じ様な要素を多く持っているからだと思う。

2014年1月13日月曜日

真空管の響き

この正月、我が家の2階にセットしてあるステレオのアンプの調子が悪く、以前から所有していた真空管アンプに繋ぎ替えた。ここでのシステムはCDとDVDの再生ができればよいと、構成はCD/DVDプレイヤーのアウトプットからこの真空管のパワーアンプに直結、そのままスピーカーへ繋がるというシンプルなもの。音楽だけでなく、映画もこのシステムで見る。

この真空管アンプ、80年代半ばに友人から3万円で譲り受けたもので、メーカーはわからず、多分自作されたアンプと思われる。トランスは全てTANGO製でなかなかしっかり作られている。

当時はメディアもレコードからCDへ移行し、録音もデジタル技術がどんどん進歩していて、音楽もシャープなリズムにより複雑なアレンジが流行っていた頃で、音楽を聴く機材もデジタルサウンドに呼応すべく様変わりしていく時代。真空管アンプは半ば懐古趣味的に手に入れ、マイルス・デイヴィスのプレステージ時代の作品などジャズやラテンの古い音源を聴く時に繋いでみたりしていた。しかし一時的に使っていただけで、ずっと持ち続けていたものの物置の片隅に眠りっぱなしだった。

真空管アンプはFETのものより、マイルドで優しい音がするというのが一般的な評価だが、確かに音の解像度は低いかもしれないが、楽器同士の音のつながりが独特だと思う。このアンプ、出力はわずか3Wと小さいが能率のいいスピーカーと組み合わせればしっかり音量も稼げる。僕らの世代は音楽がアナログからデジタルへ移行する時代(音楽だけではないが)を過ごしているので、何もかもデジタルでとなるといささか抵抗がある。まあ僕は特にアナログ志向が強いかも。いまだにメインの音響機器は30年近く前の機材で、レコードも再生できるようにセットアップしてあるし。

が、この歳になって冷静に考えてみると、はたして目をつぶって鳴っている音が真空管なのかFETなのか聞き分けられる自身はハッキリ言って無い。というのも音楽の現場で長く耳を酷使してきたこともあって、難聴気味であるだけでなく、耳鳴りも激しい。耳鳴りと同じ周波数の音はなかなか聞き取りにくく、それはかなり高い周波数の音なのだが、お湯が沸いてシューッ!といってる音とか、タイマーが出すアラーム音とか、すぐ横で「ほら、アラーム鳴ってるじゃん?」と言われても、まるっきり聞こえないなんてことがある。

さあ、そうなると、友達とCDなど聴いていて「これっていい音だね~」なんて簡単に言えなくなってくる訳だ。自分にとって「いい音」の基準はいつも持ってはいるが、これが他の人と共有できるかは定かでない。そんなんで真空管とFETの音を聴き比べられるのか?となる。自分の中でハッキリ言えるのは真空管の音は「耳に優しい(刺激が少ない)」ということくらいだろうか。

ただ、不思議なもので、日が暮れて部屋も少し暗くなって外の音も静まりかえる頃、この真空管の光りとともに音楽を聴くと、なんとも滑らかで優しい音に聞こえてくる(気がしているだけか?)。レコードもターンテーブルの上で回る溝をカートリッジの針がトレースしているという現象を見ている事で、何か別な要素が働いて「いい音だなぁ」なんて感じているのかもしれない。

まあ所詮「いい音」とは主観の問題なので、絶対的価値は限定はできない。ミュージシャンにとっての現場の音、楽器と楽器の音が同じ空間で融け合う感覚にかなうものは無く、いい音よりもいい音楽を見極める方がはるかに大事な感覚な訳だが、ついついこの真空管によって再生される音にはなにか特別な想いを込めてしまう自分がもどかしい。

2014年1月9日木曜日

東北農民管弦楽団

今日の日本経済新聞朝刊にこんな記事が。(これって勝手に転載しちゃいかんのかな?)

宮沢賢治は「農民芸術概論綱要」で農村文化の創造を提唱し、羅須地人教会を設立。レコードの鑑賞会、子供向けに童話の朗読会等を行っていた。自身は農民の楽団結成を目指しチェロを練習していたほど。そんな賢治の没後80年に「農民楽団」の結成という話である。しかも東北地方で。

数日前だったかやはり日経新聞に、世界中のお医者さんが作るオーケストラの記事が載っていた。イメージではさぞかし緻密な音がしそうだが、はたして農業に従事する人達だけのオーケストラというだけで、どんな音がするのかちょっと聞いてみたい、というか一緒に演奏に参加してもみたいと思ったり。

決して楽な仕事ではない農業に従事しながら、いったいいつ練習しているのかとか、合奏の練習をどう都合しているのかとか、余計な事まで想像してしまうが、有志が集まればそんな苦労はなんともないのだろう、やはり音楽の力に、合奏の喜びに支えられ熱中さえできるのだと思う。なんとも素晴らしい事である。

賢治が夢に描いた事がやっと実現する、しかしTPP問題やら日本の農業は難しい局面に立たされているのも事実。音楽を通じて人が集うことで復興を含めあらゆる問題を乗り越えるキッカケになって欲しい。

2014年1月7日火曜日

七草粥

毎年1月7日には新年の無病息災を祈り七草粥をいただく。いや、それほど大げさなことでも無く、正月の祝膳、祝酒で疲れた胃を休めるためにいただく感じだろうか。

春の七草、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。なかなか覚えられないが、スズナはかぶ、スズシロは大根、あと馴染みのあるのはセリ、ナズナといったところか。今では三が日が過ぎるとマーケットで七草パックが売られ簡単に手に入る。

なんとも言えない苦み、香り、えぐ味があって、ホントに身体がきれいになるような気がするから不思議だ。昔の人はよくこんな食べ物を考えたものだと感心しきり。正月気分にきっちりけじめがつく感じもいい。

今年は年末年始と親類が家に来たり、4日には友人を訪ねたり、運動したりメリハリのある正月だった。酒も元旦と4日にしっかり呑んだが、呑んで食べて寝てというループにはまらないで過ごした。

今年は酒との付き合い方を変えられそうな予感が。まあ家にいれば晩酌は習慣、仕事で地方へ行ったりすればかなり呑む。しかし歳とともに飲める量は徐々に減りつつある。まあ休みでも昼から呑むようなことはしないが、毎晩の摂取量を考えるとどうも飲み過ぎだろっ、と。特別な行事や仕事の区切りにはどうしても飲みたくなるが、ただ習慣で飲んでしまうのは如何なものかと感じるようになった。今年の目標?といったら大げさだが、酒の飲み方もメリハリをもたせて、二日酔いで次の日半日何もできないなんて事にならないよう気をつけたい。

2014年1月4日土曜日

初ライド

正月の過ごし方も毎年いろいろで、近年は元旦朝からおせち料理食べて呑んで寝て、また食べて呑んで寝てというパターンはあまりやらなくなったかな。元旦だけはのんびりするけれど、2日からはできるだけアクティヴに過ごす傾向にある。

昨日3日は、学生時代からの友人2人が房総をサイクリングしたいというので、南房総を案内した。

元旦からオオニシが吹き、天候が心配されたが、この日は風も無く穏やかな一日に。絶好のサイクリング日和。しかし50半ばのオッサン達のサイクリング、みんな自転車好きなのだが、普段乗り込んでいるわけではないので、果たしてどうなるのやら。みんなのペースを見ながらコースを考えつつ、休憩、食事などできるだけ余裕のある行程をとることに。

まずはみんなのアクセスを考慮して午前8時に金谷港に集合出発。午前中は半島西側を南下、洲崎からフラワーラインを通って白浜へ、そしてグリーンラインを北上、三芳~平群から長狭街道、保田へでて金谷へ戻るというコース。前半平地を走り、午後から起伏のあるコースをとった。

普段独りでトレーニングモードで走っているのとは違って、のんびりサイクリングではあるが、みんなと走るのは楽しい。休憩を小まめにとっては、景色を楽しみながら世間話などして徐々に距離をかせいでいく。房総山岳地帯?に入り坂の連続となるとそのペースはぐっと落ちるが、それでも無理せずゆっくり進む。

ゴール手前で一人パンクに見舞われたが、それでも午後4時半、金谷港へ戻ってきた。総走行距離106km。みんなは滅多に100km以上走ることがないというので、ちょっとお疲れの様子だったが、日の入りとともに解散となった。この歳になって日の出から日の入りまで外で遊ぶということ自体、なかなか機会は無いが、以前は日本中一緒に沢を登ったり、釣をしたりとアクティヴに動きまくった仲間なので、つい童心にかえった気分で楽しい時間が過ぎる。

みんなの仕事の都合など考えるとお正月は休みも多く、集まりやすい。正月に身体を動かせば、また今年も日々アクティヴに元気に生活できるという気分にもなった。

2014年1月1日水曜日

謹賀新年

明けましておめでとうございます

皆様のご多幸とご健勝をお祈り申し上げます


南房総内陸の山間に「畑(はた)」という部落がある
その部落で盛んに栽培される千両、赤い実をつけ、正月の縁起物とされる
その花言葉は「富貴」や「恵 まれた才能」とある
我が家では毎年暮れに花束のような千両をいただく
正月の風情をぐっと引き立ててくれる
花言葉にあやかりたいものである

本年もよろしくお願いいたします

2014年 元旦

2013年12月24日火曜日

クリスマス・イヴ?

なんだか師走ってくらいで、今月はバタバタと慌ただしく時間が過ぎてしまい、ブログのアップもままならぬまま、気が付けばもうクリスマス、そして今日24日は自分の誕生日でもある。Facebookに熱心でない僕にも朝から続々とお祝いのメールが届いて、返信も忙しい。年賀状の挨拶にも似て一年ぶりにメッセージを送ってくれる人も多く、みんなの元気も確認できるのはいいな。

ここ南房総千倉町、七浦地区にはクリスマスというムードは一切無い。都内では繁華街のイルミネーションやら、街から流れる音楽等々、クリスマスに向けてそのムードはこの日に向けて徐々にも盛り上がるのが普通だが、この町にいるとクリスマス自体を忘れてしまうほどである。マーケットではすでにお正月向けの商品が並んでいて、年末気分には溢れているのだが・・・。

しかし、我が国でクリスマスを祝う習慣が根付いたのはいつ頃からなのだろう。今日で54歳を迎えた訳だが、小学生に入りたての頃、親が買って来てくれた植木鉢のもみの木に飾り付けをして、不二家のアイスクリームケーキと、鳥の骨付きもも肉のグリルを食べるのが楽しみだったのを覚えている。ただ当時、クリスマスはあくまで25日に祝ったもので、誕生日がイヴだった僕はちょっと残念?だった記憶がある。おまけに24日は学校の2学期の終業式で、成績表を渡されその成績いかんで誕生日の雰囲気が楽しかったり、そうでなかったりビミョーだった。あと誕生日とクリスマスのプレゼントを一緒にされて、なんだか損した気分でもあった(笑)。しかしいつからイヴがクリスマス行事のピークになったのだろう、記憶は定かでない。

さて、最近近所のマーケットでも出回りだした「菜花」、我が家でも収穫がスタート。この辺りでは「つま菜」と呼んだりもするが、おひたしにして唐子醤油で食べても、洋風なドレッシングで食べても美味しく、パスタに和えたり料理のバリエーションも多い。そして収穫の時期が長いのもありがたく、この時期我が家ではほうれん草や小松菜に変わって食卓に上がる機会は多い。

春先に向けて、南房総のフラワーラインなど暖かい気候をアピールすべく、道路脇に菜花が植えられ黄色い花が奇麗に咲き乱れ、たまに車を停めて摘んでいる人を見かけるが、これは食用の菜花ではないので食べちゃいけない!道路脇の環境でも枯れないようたっぷり農薬がかかっているので。

また、この辺りでは冬の間作付けをしない畑を利用して、この食用の菜花の種をまき育てたものを観光客に無料で提供している畑もあるので、案内を見たら是非摘んで帰って食べてみて欲しい。都内で菜花を買うと季節の珍味かいな?と思う程値が高いが、地元のマーケットでは一束¥100くらいで出回っているので、これを買ってもお得。この時期房総を訪れたら是非!

2013年12月10日火曜日

助っ人?

12月に入って安定した天候で暖かい日が続いていたかと思いきや、今朝は冬の嵐のごとく強風と豪雨にみまわれた。しかし午後には風は残っているものの一転して青空が広がり好天に。

さて、今日は午後から先日千倉でライヴをやったガラス工房「グラスフィッシュ」へ。世話になっているご近所さんが今年家を新築したのだが、そのお祝いに大場さんの作品をプレゼントしようという魂胆。

お願いした物が吹きガラスとしてはちょっと大きなものになるので、工房の大場さんも助っ人が必要だとのこと。オーダーする自分自身に作ってもらいたい物のイメージがあって、その辺を伝えながら作っていくのは楽しいし、自分が手伝うのが一番手っ取り早いのではないかと思って自分からお願いした。以前も自分の家の備品を彼に作ってもらったことがあり、その時も手伝いをかってでた。大まかな手順は覚えているつもりだったが、久しぶりのことではたして助っ人になったかどうか。

ガラスは色によって、加工の過程に特色が出るようで、今日お願いした赤い色味を出すのには加工が難しくちょっと苦労するとのこと。しかしムラが出やすいその色は、リスクと裏腹に芸術的に化けることもあると言う。なにせ一点物の作品、失敗の無いよう慎重に作業を進めていく。吹きガラスはガラスの伸び方、色の広がり方等、偶然の要素も多く同じものはできない。しかし同じデザインをイメージして数多く作ることで、作品のムラは少なくなるという。

今回お願いした形のものは、6~7年前に大場さんが作っていた作品を元にしたものだが、彼自身久しぶりに作る形という事に加え、加工の難しい色を頼んだので集中を切らせない。全行程、1時間半くらいだろうか?徐々に色と形がイメージに近づいていくと、こちらも興奮してくる。要所要所スピーディーな手際が必要だが、そこはベテランの職人技、安心して見ていられる。仕上げの段取りが一番大胆だろうか?完成形に一気に詰め寄る感じ。最後は形も色もイメージを超えて一瞬に出来上がる。結果、見事な一品となった。

熱々のガラスは急に冷ましてしまうと脆くなるので、一日かけてゆっくりと温度を下げていく。本当の出来は明日にならないと分からないが、今日の時点で素人の自分でも上手に出来上がっていると確信できる。やはり物作りは面白い。特に吹きガラスは音楽の持つライヴ感に似た高揚があると思う。こんな感覚で吹きガラスを作っている大場さんがちょっと羨ましい。

2013年12月3日火曜日

ことの次第

新しいコンテンツを追加する、その名も「Film Dramatique」。フランス語で「劇的な映画」という意味。

僕は映画好きかと問われれば「どちらかというと好き」というところか?ここ暫く映画館で見た映画はごくわずかだし、マメにレンタルショップからDVDを借りて見る事もしない。ただ80年代に映画にハマった時期があり、映画に対して自分なりの好み、偏見も含めその見方がその時分に出来上がった。好きな映画は何度も繰り返し見るし、DVDも借りるのではなく購入してしまう。

見終わって楽しいだけの映画に興味は無く、かといってシリアスで重た過ぎる映画も好きではない。一言で言うのは難しいが、ストーリーよりも映像が美しくテーマを何かひとつ投げかけてくるような映画が好きで、かつ日常的でリアリティのある作品が好きである。あくまで監督で映画を見る。なので脚本が出来過ぎているハリウッド映画はめったに見ない。ハリウッドスター (俳優) の名前も殆ど知らない。

そういえばミュージシャン同士で映画の話で盛り上がったという経験が無い。ただジャズ系のミュージシャンに映画好きが多いような気はするが。菊地成孔氏のグループで一緒に演奏しているが、彼は映画にも造詣が深く、映画に関する本も出版していて、彼の解説している映画は僕も殆ど見ていて、その解説もよく理解できる。実際の音楽の現場で映画について語り合うほどのことは無いが、僕の知る限りミュージシャンにして一番の映画好きではないだろうか。

このコンテンツを追加したのは、映画マニアからすれば大した内容ではないと思われるが、意外と知られていないのに、自分のセンスに影響を及ぼしている作品を抜粋して、紹介してみたいと思ったからである。ライヴを聴いてくださった方に「映像が見えるような音楽だね」などと言っていただけると嬉しいばかりでなく、映像と音楽を結びつける感覚が自分にあるとしたら、映画から受けた影響が無意識に生きているのかもしれない。

さて、その第一回目に紹介したい映画は、ヴィム・ヴェンダース監督の「ことの次第」である。1982年の作品。ちょうど映画にハマっていた80年代、84年にロードショーされた「パリ、テキサス」でヴェンダース初体験。この作品もインパクトのあるものだったが、当時この映画のヒットにより過去のヴェンダース作品がリバイバルされ公開されたものの中でとても印象に残ったもの。というか、僕の中ではヴェンダース作品の中で一番好きな作品である。近年DVDメディアで過去の作品をBOXでリリースしているので、もう劇場では見れないと思われた本作品を含め、「都会のアリス」、「さすらい」などいずれもモノクロの初期作品がラインナップにあるのが嬉しい。

ヴェンダース作品に一貫している特徴はロードムービー。特にドイツ人の彼がアメリカを舞台にロードを繰り広げる映像はどれも印象的である。「バリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩 (87年)」や「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ (99年)」とヒット作も多く、どの映画をとっても彼の作品独特のカメラアングルや色彩が印象に残る。

さて「ことの次第」、内容は作品を見ていただくしかないのだが、映画にして映画監督が主人公、「映画監督が映画で何を表現すべきなのか?」を自問自答するのがテーマという映画。こういう映画は他の監督にも作品があって、例えばフェリーニ監督の「8 1/2」も歴史に残る名画になっている。

ヴェンダースの作品を通して思うのは、彼は基本的にロマンチストであると・・・。作品によってはこの加減が微妙なものもあるのだが、「ことの次第」に関してはカッコいい作品だとひたすら思う。この2年後の作品「パリ、テキサス」のヒットを考えると、この作品によって大きく吹っ切れて、ターニングポイントになった作品でないかと推測する。是非ご覧になっていただきたいヴェンダース作品である。

自分のライヴのMC等で映画の話をした事は殆ど無いし、見ていない人に映画の話をするのも気がひけるというもの。ところが地方のジャズ喫茶の主などとちょっとしたキッカケで映画の話になると、ここぞとばかり話に花が咲くことも・・・。そんな時は自分の映画の知識など微々たるものだと思い知らされるが、いかんせん自分の周りに映画好きが少ないのか、まあこのコンテンツは独り言のような内容になりかねないが、自分同様「好きな映画」を語れないでいる輩が実は近くに隠れているのではないかという期待も込めて、暫く発信してみたいと思う。