2013年12月24日火曜日

クリスマス・イヴ?

なんだか師走ってくらいで、今月はバタバタと慌ただしく時間が過ぎてしまい、ブログのアップもままならぬまま、気が付けばもうクリスマス、そして今日24日は自分の誕生日でもある。Facebookに熱心でない僕にも朝から続々とお祝いのメールが届いて、返信も忙しい。年賀状の挨拶にも似て一年ぶりにメッセージを送ってくれる人も多く、みんなの元気も確認できるのはいいな。

ここ南房総千倉町、七浦地区にはクリスマスというムードは一切無い。都内では繁華街のイルミネーションやら、街から流れる音楽等々、クリスマスに向けてそのムードはこの日に向けて徐々にも盛り上がるのが普通だが、この町にいるとクリスマス自体を忘れてしまうほどである。マーケットではすでにお正月向けの商品が並んでいて、年末気分には溢れているのだが・・・。

しかし、我が国でクリスマスを祝う習慣が根付いたのはいつ頃からなのだろう。今日で54歳を迎えた訳だが、小学生に入りたての頃、親が買って来てくれた植木鉢のもみの木に飾り付けをして、不二家のアイスクリームケーキと、鳥の骨付きもも肉のグリルを食べるのが楽しみだったのを覚えている。ただ当時、クリスマスはあくまで25日に祝ったもので、誕生日がイヴだった僕はちょっと残念?だった記憶がある。おまけに24日は学校の2学期の終業式で、成績表を渡されその成績いかんで誕生日の雰囲気が楽しかったり、そうでなかったりビミョーだった。あと誕生日とクリスマスのプレゼントを一緒にされて、なんだか損した気分でもあった(笑)。しかしいつからイヴがクリスマス行事のピークになったのだろう、記憶は定かでない。

さて、最近近所のマーケットでも出回りだした「菜花」、我が家でも収穫がスタート。この辺りでは「つま菜」と呼んだりもするが、おひたしにして唐子醤油で食べても、洋風なドレッシングで食べても美味しく、パスタに和えたり料理のバリエーションも多い。そして収穫の時期が長いのもありがたく、この時期我が家ではほうれん草や小松菜に変わって食卓に上がる機会は多い。

春先に向けて、南房総のフラワーラインなど暖かい気候をアピールすべく、道路脇に菜花が植えられ黄色い花が奇麗に咲き乱れ、たまに車を停めて摘んでいる人を見かけるが、これは食用の菜花ではないので食べちゃいけない!道路脇の環境でも枯れないようたっぷり農薬がかかっているので。

また、この辺りでは冬の間作付けをしない畑を利用して、この食用の菜花の種をまき育てたものを観光客に無料で提供している畑もあるので、案内を見たら是非摘んで帰って食べてみて欲しい。都内で菜花を買うと季節の珍味かいな?と思う程値が高いが、地元のマーケットでは一束¥100くらいで出回っているので、これを買ってもお得。この時期房総を訪れたら是非!

2013年12月10日火曜日

助っ人?

12月に入って安定した天候で暖かい日が続いていたかと思いきや、今朝は冬の嵐のごとく強風と豪雨にみまわれた。しかし午後には風は残っているものの一転して青空が広がり好天に。

さて、今日は午後から先日千倉でライヴをやったガラス工房「グラスフィッシュ」へ。世話になっているご近所さんが今年家を新築したのだが、そのお祝いに大場さんの作品をプレゼントしようという魂胆。

お願いした物が吹きガラスとしてはちょっと大きなものになるので、工房の大場さんも助っ人が必要だとのこと。オーダーする自分自身に作ってもらいたい物のイメージがあって、その辺を伝えながら作っていくのは楽しいし、自分が手伝うのが一番手っ取り早いのではないかと思って自分からお願いした。以前も自分の家の備品を彼に作ってもらったことがあり、その時も手伝いをかってでた。大まかな手順は覚えているつもりだったが、久しぶりのことではたして助っ人になったかどうか。

ガラスは色によって、加工の過程に特色が出るようで、今日お願いした赤い色味を出すのには加工が難しくちょっと苦労するとのこと。しかしムラが出やすいその色は、リスクと裏腹に芸術的に化けることもあると言う。なにせ一点物の作品、失敗の無いよう慎重に作業を進めていく。吹きガラスはガラスの伸び方、色の広がり方等、偶然の要素も多く同じものはできない。しかし同じデザインをイメージして数多く作ることで、作品のムラは少なくなるという。

今回お願いした形のものは、6~7年前に大場さんが作っていた作品を元にしたものだが、彼自身久しぶりに作る形という事に加え、加工の難しい色を頼んだので集中を切らせない。全行程、1時間半くらいだろうか?徐々に色と形がイメージに近づいていくと、こちらも興奮してくる。要所要所スピーディーな手際が必要だが、そこはベテランの職人技、安心して見ていられる。仕上げの段取りが一番大胆だろうか?完成形に一気に詰め寄る感じ。最後は形も色もイメージを超えて一瞬に出来上がる。結果、見事な一品となった。

熱々のガラスは急に冷ましてしまうと脆くなるので、一日かけてゆっくりと温度を下げていく。本当の出来は明日にならないと分からないが、今日の時点で素人の自分でも上手に出来上がっていると確信できる。やはり物作りは面白い。特に吹きガラスは音楽の持つライヴ感に似た高揚があると思う。こんな感覚で吹きガラスを作っている大場さんがちょっと羨ましい。

2013年12月3日火曜日

ことの次第

新しいコンテンツを追加する、その名も「Film Dramatique」。フランス語で「劇的な映画」という意味。

僕は映画好きかと問われれば「どちらかというと好き」というところか?ここ暫く映画館で見た映画はごくわずかだし、マメにレンタルショップからDVDを借りて見る事もしない。ただ80年代に映画にハマった時期があり、映画に対して自分なりの好み、偏見も含めその見方がその時分に出来上がった。好きな映画は何度も繰り返し見るし、DVDも借りるのではなく購入してしまう。

見終わって楽しいだけの映画に興味は無く、かといってシリアスで重た過ぎる映画も好きではない。一言で言うのは難しいが、ストーリーよりも映像が美しくテーマを何かひとつ投げかけてくるような映画が好きで、かつ日常的でリアリティのある作品が好きである。あくまで監督で映画を見る。なので脚本が出来過ぎているハリウッド映画はめったに見ない。ハリウッドスター (俳優) の名前も殆ど知らない。

そういえばミュージシャン同士で映画の話で盛り上がったという経験が無い。ただジャズ系のミュージシャンに映画好きが多いような気はするが。菊地成孔氏のグループで一緒に演奏しているが、彼は映画にも造詣が深く、映画に関する本も出版していて、彼の解説している映画は僕も殆ど見ていて、その解説もよく理解できる。実際の音楽の現場で映画について語り合うほどのことは無いが、僕の知る限りミュージシャンにして一番の映画好きではないだろうか。

このコンテンツを追加したのは、映画マニアからすれば大した内容ではないと思われるが、意外と知られていないのに、自分のセンスに影響を及ぼしている作品を抜粋して、紹介してみたいと思ったからである。ライヴを聴いてくださった方に「映像が見えるような音楽だね」などと言っていただけると嬉しいばかりでなく、映像と音楽を結びつける感覚が自分にあるとしたら、映画から受けた影響が無意識に生きているのかもしれない。

さて、その第一回目に紹介したい映画は、ヴィム・ヴェンダース監督の「ことの次第」である。1982年の作品。ちょうど映画にハマっていた80年代、84年にロードショーされた「パリ、テキサス」でヴェンダース初体験。この作品もインパクトのあるものだったが、当時この映画のヒットにより過去のヴェンダース作品がリバイバルされ公開されたものの中でとても印象に残ったもの。というか、僕の中ではヴェンダース作品の中で一番好きな作品である。近年DVDメディアで過去の作品をBOXでリリースしているので、もう劇場では見れないと思われた本作品を含め、「都会のアリス」、「さすらい」などいずれもモノクロの初期作品がラインナップにあるのが嬉しい。

ヴェンダース作品に一貫している特徴はロードムービー。特にドイツ人の彼がアメリカを舞台にロードを繰り広げる映像はどれも印象的である。「バリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩 (87年)」や「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ (99年)」とヒット作も多く、どの映画をとっても彼の作品独特のカメラアングルや色彩が印象に残る。

さて「ことの次第」、内容は作品を見ていただくしかないのだが、映画にして映画監督が主人公、「映画監督が映画で何を表現すべきなのか?」を自問自答するのがテーマという映画。こういう映画は他の監督にも作品があって、例えばフェリーニ監督の「8 1/2」も歴史に残る名画になっている。

ヴェンダースの作品を通して思うのは、彼は基本的にロマンチストであると・・・。作品によってはこの加減が微妙なものもあるのだが、「ことの次第」に関してはカッコいい作品だとひたすら思う。この2年後の作品「パリ、テキサス」のヒットを考えると、この作品によって大きく吹っ切れて、ターニングポイントになった作品でないかと推測する。是非ご覧になっていただきたいヴェンダース作品である。

自分のライヴのMC等で映画の話をした事は殆ど無いし、見ていない人に映画の話をするのも気がひけるというもの。ところが地方のジャズ喫茶の主などとちょっとしたキッカケで映画の話になると、ここぞとばかり話に花が咲くことも・・・。そんな時は自分の映画の知識など微々たるものだと思い知らされるが、いかんせん自分の周りに映画好きが少ないのか、まあこのコンテンツは独り言のような内容になりかねないが、自分同様「好きな映画」を語れないでいる輩が実は近くに隠れているのではないかという期待も込めて、暫く発信してみたいと思う。