2014年4月30日水曜日

さようなら、松岡直也さん

昨日、僕にとっての音楽の師である松岡直也さんが亡くなられた。享年76歳。

先月末から体調を崩され入院していた松岡さん、4月初めにお見舞いに出かけた時は、治療のための投薬で眠そうにされていたが、意識はしっかりあって僕の事もちゃんと認識してくれて、病室はさながらいつもライヴをやる楽屋のような雰囲気だった。ただご家族から病状を聞くとかなり悪い状況だと。そして昨日この訃報を聞いたのだった。

実はこのお見舞いの時に初めて知らされたのだが、なんと松岡さんは、2001年にガンが発症して今までずっと病気と闘ってこられたという。それから13年間、ご家族とともに病気と向き合いながら音楽生活を送ってこられたことを、今まで僕は全く知らなかったのである。これは身近なミュージシャン皆が誰も知らなかったことで、松岡さん自身が誰にも知らせなかったということである。

その13年間、僕は松岡直也グループとラテンセッションの2つのユニットに参加してきた。昨年3月の横浜モーションブルーでのラテンセッションのライヴが、松岡さん自身も最後の演奏となった。その後ライヴのブッキングが無かったので、体調でも崩されているんだろうか?くらいに思っていたところ。

最後のライヴの演奏も印象的だったが、70歳を過ぎても年々ピアノの演奏はどんどん充実していきている印象で、これは一緒に演奏したメンバー皆が口にしていたことでもある。まさかガンと闘っているなんて思いもしなかった。僕が21歳で初めて一緒に演奏させてもらった時の松岡さんの印象は「気も身体もタフで強い人」で、それは亡くなるまでずっと変わらなかった。本当にこんなに”強い”人は他に誰も知らない。

さて、もし松岡さんがガンである事を周りのミュージシャンに明かしていたとしたら、果たして皆どう付き合っただろうか?僕が思うには常に皆が松岡さんの体調に気遣いながらの演奏になっただろう。それは音楽以外の別の感情をもって演奏に挑むことになったはず。松岡さん自身がそんな状況になるのを望んでなかったのだ。演奏するからにはプロとしてしっかり全力で集中してお客さんに自分の音楽を届けるのだという強い心から、僕らミュージシャンにさえ隙を見せず頑張ってこられたのだと思うと、ひたすら頭がさがる。人は強く生きるべきだと最後の最後まで教えてくれたのだ。

松岡さんとの想い出は、とてもブログなどに書ききれぬほど膨大だが、ただ確かに言えることは僕が松岡さんと出会っていなかったら、今の自分は存在しないという事。音楽のノウハウ、ミュージシャンとしての心構えまで、ありとあらゆることを教わった。時に厳しく、決して丁寧に説明を受けた訳ではないが、松岡さんが音楽に対して向かう姿勢そのものが、僕に多くの事を教えてくれたのである。

日本の音楽史上、希有な存在だった松岡直也さん。これだけ素晴らしいピアニストは今後そうそう現れないだろう。長い間、松岡さんと一緒に演奏出来た時間は自分の宝であり、誇りである。これからも自分の心、音楽にずっと影響を及ぼし続けるだろう。

長い闘病生活にさぞお疲れになったと思う。心よりご冥福をお祈りいたします。

7 件のコメント:

  1. 残念だね。素晴らしいピアニストの作品を、僕は断片的にしか聞いてない。いつか推薦の音といっしょに、思い出話も聞かせてください。RIP…

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  2. 倫明さん、こんばんは。
    Fbでもコメントした齋藤幸一と申します。

    メンバーの皆さんが、松岡さんの状態を全く知らなかったこと、
    そして、松岡さんの状態を、もしメンバーの皆さんが知ってしまったら・・・、
    というのを読んで、とてもグッときてしまいました。

    今から10年以上前の事ですが、
    STBで松岡グループでのライブの時、ゲタ夫さんがメンバーの一人一人に、
    『松岡さんの一番好きな曲は?』と質問した時があったのですが、
    倫明さんの『Andalusia、この曲は何度演奏しても難しい』
    というコメントを、今でも鮮明に覚えています。

    そして最後のステージとなった、昨年のラテン・セッションのライブ。
    行って良かった、本当に良かった!
    松岡さんの幻想的で神秘的なピアノの旋律に、
    メンバーの皆さんの絶妙なプレーで、松岡さんの曲がさらに神聖化され、
    松岡さん自身が一番喜んでいるようにも、背中越しに観ることが出来ました。

    倫明さんのコメントを拝見する度に、胸が込み上がるばかりです。

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    1. コメントありがとうございます。

      そう、僕ら何も知らなかったことで毎回全力で演奏に臨めた訳で、それは松岡さんにとっても力になったのかな、と。「Andalucía」のコメント、僕も覚えていますよ、もう10年も前の事になりますか。そして最後のライヴ、ご覧になれて良かったですね。あの演奏は忘れられないですね、僕も一緒に演奏できて本当に嬉しかったです。もっと多くの人に、特に若いピアニストに松岡さんの演奏、いっぱい聞いて欲しかったですね。

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    2. 本当に、もっともっと、たくさんの人に、松岡さんの生の演奏を聴いて欲しかったです。
      (出来れば、松岡さんの曲を理解してくれる人なら尚更ですが☆)
      また今回、倫明さんのコメントがなかったら、本当に全く知らない事ばかりでした。
      松岡さんとの思い出を載せて頂き、本当にどうもありがとうございました涙
      でも、また何か機会がありましたら、是非思い出話を聴かせて下さいー。
      倫明さんが、松岡さんのメンバーに入ったいきさつなど!めっちゃ興味ありますー(^^♪

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    3. 松岡さんとのエピソード、落ち着いたところでまた少しづつブログに書き込んでいこうと思います。

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  3. 中村fromNAGANO2014年5月3日 10:47

    倫明さん、ご無沙汰してます。
    松岡さんには大町、長野に3回来ていただき、楽しかった思い出がいっぱいなだけに訃報を聞いた時にはほんとにショックでした。昨夜、こっちの仲間が集まり、その時のVTRを観ながら松岡さんを偲んだところです。公演日前日がちょうど松岡さんの誕生日で打ち上げのとき皆でお祝いしたこと、長野の居酒屋で深夜まで語り明かしたこと・・・、最後まで嫌な顔せず松岡さんは居てくれましたね。今にして思えば随分無理させてしまったなと自戒の念です。長野公演のとき、ネット投票で選ばれた「松岡直也BEST5」、当初BEST2の演奏をお願いしたんですが、松岡さんは全部やろうとおっしゃて下さいました。4位の「ミ・アモーレ」、編成上無理だろうというのが大方の見方だったと思いますが、それも演奏してくれました。等々、まだまだ思い出は尽きないです。
    僕らにとって松岡さんは永遠一生の宝物です。もちろん聴き続けます。昨夜はあれやこれや、深夜までVTRみながら松岡さん談義に花が咲きました。倫明さんまたLIVEおじゃまします。頑張ってください。

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    1. 中村さん、長野大町、松岡さんとのつながり、印象深いですね。皆さんの想いもいろいろ深いと思います。松岡さんの音楽はずっと残るので、いつまでも楽しんでいきたいですね。またライヴ会場でお会いしましょう!

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